点訳アラカルト

第38回 長唄点訳奮闘記
2006.02.05

トニカの会員になって確か2年目頃のこと、私が「箏(おこと)が弾ける」ということで邦楽部門のリーダーという役割をお受けすることになり、早いものでそれからもう10年になります。これまでに依頼があったものは、三味線、箏(13弦、17弦)、大正琴、和太鼓などで、もう一人箏の弾ける会員と相談しながら点訳してきました。

邦楽の点訳依頼は他の部門に比べて非常に少ないので、私も邦楽の点訳だけをしているわけではなく、昨年、初めて長唄の点訳についてのお問い合せをいただいた時は、オペラのスコア譜に取り組み中で、すぐには点訳にかかれない状況でした。長唄は今まで点訳したことがなく「点訳できるかしら・・・?」という不安もありましたが、「何とか点訳したい・・・。」という点訳者のプライドもあり、しばらくお時間をいただくことをご了解いただき、お受けさせていただきました。

普通、三味線や箏では「弦譜(弦名譜)」といわれるものを使いますが、点訳依頼もほとんどが「弦譜」です。ここで説明するまでもなく、「五線譜」では音符の位置で音の高さを表し、音符の種類で音の長さを表します。それに対して「弦譜」は箏の場合、弦の名前で音の高さを表し、音の長さは弦譜によって表し方がいくつかありますが、ひとつ例を挙げると、弦の名前の下に記す線の本数で表します。感覚的にいうと「四分音符のド」に対して、「第一弦を1拍」という感じでしょうか。

箏の糸譜左の画像は私が使っていた箏の「弦譜」ですが、これにも唄の旋律が記されています。でも、私自身の稽古では、先生の唄に合わせて歌いながら弾くというもので、原則として暗譜ということになっていますから、「弦譜」に記されている唄の旋律を特に意識しなくても、先生の唄に合わせて歌いながら覚えてしまうというものでしたし、当然長唄の楽譜とは違ったものです。

トニカでは邦楽も「五線譜」の規則にあてはめて点訳していますので、最初に「弦譜」を「五線譜」に読み替えるという作業が必要になります。私個人としてはいつも「弦譜での依頼は弦譜のままで点訳したい」という思いがあります。というのも、三味線や箏は厳密に絶対音高が定められていないのです。箏の場合、「古典」といわれるものの多くには唄がついていますが、演奏者の声域によってある程度自由に音高を決めて演奏されて来たようです。

箏を調弦するとき、調弦法を示す「調子」によって相対音高で調弦します。「調子」には「平調子」「雲井調子」など、たくさんの種類があります。「弦譜」には、この「調子」と共に、「一=D」などというような記載があり、第一弦の音を指定しています。なかには全ての弦の音を指定しているものもありますが、全く音を指定していないものもあります。そのような「弦譜」が点訳依頼という場合は、困ってしまいます。「五線譜」に読み替えるためにはとにかく弦の音を決めなくてはなりません。

それでも五線譜に読み替えて点訳している理由のひとつには、以前、ひとつの試みとして、箏の「弦譜」を「五線譜」に読み替えずに点訳し、ユーザーさんに読んでいただいたことがあり、「理解できるが、読みにくい」とのご意見をいただいたそうです。確かに弦の名前と拍数を五線譜の音符のように6つの点で記すのは簡単ではありません。でも、「弦譜」を「五線譜」に読み替えることで複雑になることもまた、否定できませんが、今のところ読み替えて点訳する方が、合理的かと思われます。

長唄の楽譜には「文化譜」(左下の画像)や「住吉譜」というのがあるそうですが、送られてきたのは「文化譜」で、私はこのとき初めて目にしました。その「文化譜」には、三味線の旋律と、長唄の旋律、そして、歌詞が書いてあり、依頼内容が「三味線と長唄のスコア譜」ということでしたから、基本的には伴奏譜付き声楽曲のように点訳したのですが、それだと≪三味線の旋律の1小節と該当の長唄の小節の拍が合わない箇所があり、長唄の旋律の小節内の拍が一定ではない≫、≪歌詞をのばして歌うと思われる部分の書き方のパターンが複数あり複雑≫などという現実に直面し、自分の中で「洋楽と、邦楽とは違がうのだから、割り切るしかない…。」と思えるまでに、少し時間が必要でした。(右下の画像が出来上がった楽譜のほんの一部です。)
文化譜 長唄の点字楽譜

長唄の「文化譜」が届いてからというもの、「点訳できるかしら…?」に始まり、「うーん、困った・・・どうしよう・・・。」の連発でした。幸いにもトニカ会員で長唄をなさる方がおり、資料の提供、校正の協力が得られ大変心強くもありました。

今回の長唄は、私がこれまでに点訳させていただいた中でも特に、頭を悩ませた曲のひとつと言っても過言ではなく、試行錯誤の末、期限ぎりぎりに点訳完了したときには「終わった…!!」と、叫びたい衝動にかられました。でも同時に、「お使いいただける点訳になっているかしら…?」と、不安にもなりました。

しばらくして、ご依頼者から心のこもったお礼のメールをいただき、ほっと胸をなでおろしました。今回の点訳を通じて、点訳者はユーザーさんに育てていただくのだということを改めて感じました。
点字楽譜普及会「トニカ」 邦楽部門リーダー

次回もお楽しみに・・・。
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