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トニカTonicaとは音階の第1音で、調名を決める音。音階の基礎になり、旋律の中心になる最も重要な音。主音(主和音)。分かりやすく言うと、トニカはドの音であり、ドミソの和音のことである。
1987年、楽譜点訳の会を設立するにあたって、そのグループ名を「トニカ」と名付けた。
事務所である私の自宅の一室には、1台の中古のパソコンと点訳システム。点字プリンターは、私の友人からの寄付を基に会員の会費前納という協力で購入した。かくして松園ハイツ401号室は私の仕事のピアノの音と点字プリンターの音で工場のようになってしまった。はじめから覚悟はしていたものの「トニカ」との同居生活はとても苦しかった。
その後1991年10月、同じマンションの101号室を「トニカ」事務所として借りることができた。マンションのオーナーのご理解とご協力がなければ現在の「トニカ」はなかっただろう。
「トニカ」の看板は掲げたものの、その当時点訳の経験者は2、3人しかいなかった。毎日、点訳依頼の電話が鳴る度に皆で息をひそめるようにしていたことを懐かしく思い出す。私自身が仕事を持っているため、点訳する時間は夜中になってしまう。
依頼者や点訳の先輩に質問をしたくても電話もできない。パソコンはいうことを聞いてくれない。点訳とはこんなに孤独な作業だったのだろうか。その当時中学生だった依頼者はその後音楽大学を卒業し、社会人となっている。また、プロの音楽家として活躍している若者もいる。
音大生の頃、点字楽譜がないために授業に参加できず、窓際族になってしまったり、テストで正しく評価してもらえなかったり、楽譜さえあれば仕事だってできるのに、という彼らの焦燥感や疎外感、怒りや喜びを私たちも共有してきた。その心が「トニカ」を支える原動力になっている。
今「トニカ」は会員も70余名となり、パソコン等の機器も増えた。かなり難易度の高い楽譜も何とか点訳できるようになった。パソコンに翻弄されていた点訳者も、電子メールで文通するまでに成長した。21世紀を目前に、点訳者として私たちはもう一度初心に立ち返りたい。
昨年の総会で、長年の懸案であった賛助会員制度の導入に踏み切った。全員が賛成だった訳ではない。それでも私たちは謙虚な気持ちで、多くの方々に点字楽譜を守り、育てていただきたいと願わずにはいられない。
(まつなが ともこ) |