|
アメリカ生まれの娘は4歳の時に日本でピアノを始めました。住んだ国は日本(東京)、タイ(バンコク)、シンガポール、アメリカ(ニュージャージ州とヴァージニア州)です。現在単身でRoyal
College of Music, London(英王立音楽大学)ピアノ科の1年生に在学中です。
<ピアノの先生>
娘は各国々でトータル6人の先生にピアノを習い、現在ロンドンで新しい先生に習っています。一口にピアノの先生といっても、それぞれに特徴があり、こんなに違うものなのかと部外者の私は驚かされました。技術を主にする先生、表現を主にする先生、音を主にする先生、等々。これは、海外だからというのではなく、日本国内でも同じような感想をもつと思います。そして、どの先生も視覚障害者を教えた経験のない方々でした。初めて眼の悪い娘を連れて行くと、どの先生も経験がないので躊躇されます。これは生徒の眼が悪いからということより、「眼の悪い生徒を自分が教えることができるのか?」という自分の責任を考えてしまわれるからのようです。それでも、実際に教えてみると、ご自身も勉強になったという感想を頂きました。また、娘にとっても、これらの先生の試行錯誤が娘なりの練習方法を身に着ける助けになったのです。
<点字楽譜>
・アメリカ
点字楽譜は国会図書館(National Library of Congress)で借りる方法がとられています。図書館で本を借りるのと同様、期間が来れば返さなくてはなりません。娘が後にも使えるように自分の点字楽譜を希望したので、点字楽譜を製作しているところを探しましたが、ボランティアのような形式で点字楽譜を製作している機関を見つけることができませんでした。結局、点字楽譜を製作してくれるのは業者になり、その結果、かなり高額になってしまうので、トニカさんの点字楽譜の方がはるかに経済的です。日本からは海外でも送料が無料という利点もあります。アメリカでは国外は船便を除いて、点字でも普通の手紙と同じ郵便料金がかかります。
・イギリス
アメリカと同様に図書館で借りることも、個人用に製作を依頼することもできます。依頼する場合は大学を通すので費用はかかりませんが、時間がかなり掛かります。図書館のものは、旧式の点訳です。
生活面で知った大きな違いは白杖です。アメリカや日本の様に下部が赤くなく、杖全体が白色で、白杖全体が反射材でできています。白杖の何箇所かに赤い横縞の入ったものは盲聾用だそうです。娘がアメリカから持っていった白杖の下部が赤いので、視覚障害に関係のある人に娘は聾でもあるのかと一瞬思われたそうです。
電車とバスはゾーンに分かれているのですが、ゾーン1と2区間では料金は無料です。パスが必要で、手続きに時間がかかるようですが、外国人でも発行してもらえます。ロンドンの生活を始めて間もないので、詳しいことは分からないのですが、娘が一人で地下鉄(チューブ)を利用した時、駅で行き先を告げると、駅員さんがホームまで連れて行ってくれました。電車の一番前に乗せてくれ、運転手さんに行き先を伝えてくれました。目的の駅で電車を降りると、乗った駅から連絡が行くのか、運転手さんが連絡するのか、到着駅の駅員さんが迎えてくれ、必要な出口まで案内してくれました。因みに、ガイドの人の料金は割引にならず、規定の料金です。
<コンサート&コンクール>
私達の住んでいるワシントンDCの郊外になる、ヴァージニア州北部地域には、いろいろなコンサートやコンクールが大きなものから小さなものまで多々あります。ピアノの先生が推薦してくださると、それらに参加することができます。娘はそういう機会に恵まれ、人前で弾くことの場数を踏み、コンクール入賞などを果たすことができました。しかしながら、娘が参加したコンサートやコンクールの場、そして大学受験のオーディション会場でも娘以外の視覚障害者を見たことはありません。クラシックを勉強している視覚障害者がいないわけではないとは思いますが、スティーヴィーワンダーやレイチャールズのようにジャズの世界に活躍する視覚障害者がアメリカでは多いのかもしれないと思ったりしています。
<大学受験>
アメリカといえども、障害者には冷たい環境も歴然とあります。大学受験に際して、高校の視覚障害専門の先生に「視覚障害者であることを隠して受験し、合格が決まってから知らせれば良い」とアドヴァイスされました。受け入れてから受け入れを拒絶することは法律違反になるからです。しかしながら、音楽の場合、オーディションがあるので、視覚障害であることを隠すことはできません。また、ある音楽大学では、視覚障害者の受け入れ方法が分からないので、視覚障害の受験生を書類選考で落としたということを間接的に耳にしました。
アメリカの音楽大学への受験方法は、視覚障害者も晴眼者も変わりはありません。夏休み等の時間のある時に、志望大学を事前に視察することができ、自分の目で確かめて志望校を決めることができます。オーディションの日に行われるツアーに参加することもでき、既に在学している学生が学内やキャンパスを案内してくれます。
必要なもの:願書、推薦状、成績証明、SAT/ACT(英語と数学の学力を調べる試験)の成績、エッセー、レパートリーを含む今までの音楽活動、音楽以外の学校やコミュニティー活動、オーディション曲(4種類。ソナタは全楽章)、(書類専攻上の録音テープ或いはCD、大学により要求されることもある)
エッセーは各大学によりテーマが異なり、音楽とは直接関係のないものもあります。エッセーの内容で自分がどんな人間であるかを表現することになるので重要です。指定の締切日(10月〜翌年1月)までに郵送或いはネットで送ります。書類専攻後、オーディションを翌年2〜3月に受けることになります。遠方の大学で交通費等の関係などで直接大学に行けない場合は、何箇所かある国内のオーディション会場を選ぶことも、オーディション曲を録音したものを送ることもできます。結果は4月頃届き、9月入学となります。高校4年生[ヴァージニア州の義務教育:kindergarten(幼稚部1年)、
elementary(小学部6年)、middle school(中学部2年)、 high school(高等部4年)]は、夏休み明けから受験準備に追われます。学校の授業の他にエッセーに時間が取られるからです。SATは事前に何回か受けて、一番良い成績を提出することができます。余談ですが、4月に大学から良い結果をもらっても6月まで授業があり、最終成績が必要なので遊んではいられません。合格内定通知をもらって遊んでしまった為に成績が悪くなり、入学を取り消された実例もあります。イギリスの音楽大学も上記とほとんど同様の内容でした。エッセーとしては要求されませんでしたが、願書の中に同様の質問事項がありました。オーディションはニューヨークやボストンなどでも受けることができます。日本の場合アジア地区の会場があります。
<コンピューター>
アメリカではコンピューターが進んでいるので、視覚障害者もコンピューターで学校の宿題をこなすことが多くなります。娘も調べ物や提出物でコンピューターのお世話になり、時には宿題を先生に直接メールで提出ということもありました。墨字のテキストをスキャナーでコンピューターに取り込み、点字に変換したり、音声で読んだりすることもできるようになりました。大学受験のエッセーもコンピューターのお世話になります。大学によっては願書をネットのみで受付けるというところもあります。
2005年の夏には音楽を専攻する16歳以上の学生を対象にしたサマーキャンプに参加しました。定員が6名と少ないので、参加に当たってはエッセーの提出があり、書類専攻があります。娘の場合、住んでいる地域の視覚障害機関がスポンサーになってくださったので、参加費用($1,100)は無料になりました。場所はフィラデルフィアにある盲学校でした。ワシントンDCからフィラデルフィアまで電車(アムトラック)で行かせましたが、駅で電車に乗り込むまで赤帽さんが連れて行ってくれ、到着駅にはボランティアさんが迎えて学校まで連れて行ってくれました。電車も飛行機も予め視覚障害者なのでアシストが必要な旨頼んでおくと、係りの人が手を貸してくれます。間違いが起こらないように到着地での出迎えの人の氏名と電話番号を伝えておく必要があります。そのキャンプで、コンピューターを使った点字楽譜の技術を学ぶことができました。
<VSA art>
VSA artとは障害のある人の芸術全般を支援する協会です。音楽の部門では25歳以下のアメリカ国内と海外のヤングミュージシャンで障害のある人に応募資格があり、国内外各2名入賞することができます。年一回テープとエッセーによる審査があります。入賞すると一人$5,000の賞金とワシントンDCのケネディーセンターで授賞式と共に演奏することができます。
詳しくはhttp://www.vsarts.org/x1485.xmlで見ることができます。今までは個人の応募でしたが、今年からは室内楽やロックバンドなども受け入れるようになったようです。2005年度の入賞者の一人に娘が選ばれ、もう一人の入賞者と共にケネディーセンターで演奏し、地元放送局がニュースに取り上げ、学校でインタビューがあるという面白い経験をしました。
<最後に>
いろいろな経験をすると音楽表現も豊かになります。海外で音楽を勉強することは、とてもチャレンジングで苦労も多いのですが、その経験は音楽にも生かされると思います。チャンスがあったら是非海外で音楽に触れてみて下さい。ヨーロッパの石畳を歩くと作曲家の時代の息吹を感じ、クラシックを初め、お国柄の出たストリートライブを楽しめます。アメリカの駅や路地ではサックスやドラムが鳴り響きます。きっと眠っていて気づかなかった感性が目覚めることでしょう。
(えんどう けいこ) |